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クリノリン・スタイル

現在、ベーシック展示コーナーでは、「ファウンデーション~ドレスの内側~」展が開催中です。

日本で西洋衣装のこれ程のバリエーションのファウンデーションを一堂に集めて展示したことはないと思います。楽しんでいただいているでしょうか。

以前より、西洋衣装はシルエットの歴史と申してきましたが、そのシルエットは、各々の時代のコルセットを主体に、パニエ、クリノリン、バスルの組み合わせで形作れてきました。

ファッションの歴史は、一般的にも言われている通り、反動と繰り返しです。18世紀のロココは、可能な限りに横に広がったスカート、豪華な生地、巨大な髪に対し、その直後のエンパイアスタイルは、下着のようなシンプルな真っ白な木綿のドレス、短い髪、化粧までがノーメイクに見えるものでした。そしてその反動と言っても良いのが、1860年代から流行するクリノリンスタイルです。

このスタイルは、西洋服飾史、ファッション史においても最も重要なものの一つです。ディズニー映画の白雪姫、シンデレラ、美女と野獣などの豪華と思える衣装は大体がクリノリンスタイルの円形のドレスです。1853年にナポレオン3世(ナポレオンの甥)と結婚したスペイン貴族の娘ウージェニーは、マリー・アントワネットを崇拝し、ロココ衣装のような華やかなものが大好きでした。丁度1858年にイギリスからパリにやってきて、自分の店を持ったフレデリック・ウォルト(世界最初のデザイナーと言われています)と皇帝と皇妃は手を組み、1862年には皇室ご用達のデザイナーに抜擢され、現在のパリコレ、オートクチュール組合の基礎を作りました。今までは違い、この時から、ファッションはデザイナーによって作られて、コレクション毎に、デザインは変えられ、夜の服(イヴニング・ドレス)と、昼の服(アフタヌーン・ドレス)が使い分けられ、子供服も大人と違うデザインとなっていきました。ファッションがパリ、フランスを動かす大産業になったのです。


クリノリン(イヴニング・ドレス)
フランツ・クサーヴァー・ヴィンターハルター
≪ウージェニー皇后と女官たち≫
1855年
コンピエーニュ国立博物館所蔵


クリノリン(アフタヌーン・ドレス)
クロード・オスカー・モネ
≪庭園の女たち≫
1866年
オルセー美術館所蔵

その3者によって最初に作られスタイルがクリノリンです。麻と馬の毛で膨らみを作っていましたが、やがて様々な産業と結びつき、ひげクジラの髭、後期に鋼と使ったクリノリンを使うようになりました。鋼のクリノリンは軽くて、強いので、一説によれば直径6m程度のスカートも作られたようです。写真でも4mほども物は確認されているようです。そんな強大なスカートを通れる門もなく、狭いヨーロッパの道では、交通の妨げにもなったようで、交通事故の被害者も驚くような数だったようです。常識のあるウォルトやウージェニーがそんなドレスを愛用するわけはなく、巷の勢いを実感しないわけにはいかないわけですね。

雑誌や新聞記事には極端なものが取り上げられますが、殆ども物はシンプルで美しかったのではないでしょうか。

 

(BX-16S)