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【レポート】2016服飾文化セミナー「神戸の衣服」第1回

2016服飾文化セミナー Ⅱコース
JAPAN Project2016「神戸の衣服」
第1回「世界最高峰を目指す スポーツシューズ」 レポート

2016年7月2日(土)

図2

今年度第1回目の服飾文化セミナーは、梅雨時の猛暑の昼下がり、兵庫県内外から多くの方にお集まりいただき始まりました。

今年は、2つのコースを実施。本コースのテーマは「日本の先端技術と伝統から紐解く」と題し、日本各地で繊維・衣服の地域プロジェクトを手がけられる眞田岳彦氏(衣服造形家)と共同で調査・企画を行い、神戸という土地の風土や人の知恵から産出され、育まれる産業や衣服の文化を、現在活躍中のさまざまな方をゲストに迎えて、参加者の皆さまとともに紐解いていきます。

今回のゲストは、1949年神戸で創業、スポーツシューズやアパレル事業をグローバルに展開する株式会社アシックスから、お馴染みGEL KAYANOシリーズを成功に導かれた榧野俊一氏、アシックスミュージアムよりアシックスグループの歴史に詳しい福井良守氏のお二人です。

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セミナーは休憩をはさみ2部構成で進行しました。

1. 説明「履物について/伝統」(眞田氏)
2. ゲストトーク「株式会社アシックスについて/先端」(福井氏)
3. ゲストトーク「世界最高峰を目指す スポーツシューズについて/先端」(榧野氏)
<休憩>
4. 実物シューズ 説明・鑑賞 /伝統・先端
5. トーク セッション/現在~未来(榧野氏、福井氏、眞田氏)

以下、各トークの内容を一部抜粋してまとめています。

1.「履き物について/伝統」 (眞田氏)

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ご自身の活動紹介と「靴/履物(伝統・歴史)」、「神戸と神戸の靴」、「アシックス社の靴」のお話。「神戸の衣服を見直して何があるのか?」私たちが生きてきた歴史や背景には、いっぱい幸せのかけらがあるはずなのになかなか見つけられない。皆さんで考えてみましょう、という問いかけからスタート。

履き物の歴史
ヒトが二足歩行をはじめた約600万年前、裸足で歩かなくなったのはいつか。また、日本において人が何かを履き始めるのはいつか?日本で一番初めに履き物が発掘されているのは、おそらく弥生時代の「田下駄」。奈良時代、冠位十二階で靴のしきたりが定められ、鎌倉で足半が登場、室町で雪駄、江戸に鼻緒がついた下駄が普及、幕末になりやっと欧米の靴が入ってくるというのが大凡の歴史であるということ。

神戸の靴とは?
平清盛が大和田泊を交易の港とし、海外からの文物の入口としてあったのが、1858年開港で欧米とのつながりを強くした。外国人居留地がつくられ、外国人たちの靴修理を営む日本人がでて、外国へ靴を習いに行く者もでてきた。また、文明開化・富国強兵の象徴が洋靴となったとも言えるだろう。
そこに、イギリスのダンロップ社が拠点をおいたことで、ゴム産業が根付き、1920年頃には200か所以上のゴム工場ができ、一日約10万足のゴム靴を生産し、国内外へ輸出もおこなっていた。1950年には、新素材の塩化ビニールを使ったケミカルシューズも誕生。
いつの時代も、「外部とつながり、新しいものをつくっていく」。新しいものが入ってくると、何かできるんじゃないか?と新しい発想が生まれる、ヴァイタリティあふれる町、それが神戸ではないか。

アシックス社の誕生
1949年、世界大戦後の日本において、大切となった「スポーツを通した人材育成、精神の育成」のため、地場にあったゴム産業と製靴技術が合わさり、神戸と靴が結ばれた。他の神戸靴と同じように、新しいモノとの出会いからアシックスのスポーツシューズが生まれた。その精神は引き継がれ、今、オリンピックという平和を願う祭典に向かい、新しい神戸靴の開発を続けるのがアシックスだろう。

2.ゲストトーク「株式会社アシックスについて/先端」(福井氏)

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現在世界7カ国に販売拠点を置き、グローバル体制を強化するアシックスグループ。アスレチックスポーツ事業、スポーツライフスタイル事業、健康快適事業の3つの事業領域をもつ。売上推移は、2000年当初は日本の割合が多かったものの、少子高齢化、部活離れの影響もあり減少し、現在欧米の売上を伸ばし、売り上げ全体の80%がランニングシューズを占める。

蛸の吸盤をヒントに開発されたバスケットボール用シューズや、マメのできないランニングシューズなど、創業時より、ユニークな製品開発へのチェレンジ精神が支持を得てきた。また、同社は1956年メルボルンオリンピックから日本選手団のシューズを開発するなど、古くからオリンピックとの関わりがあることも示された。

3. ゲストトーク「世界最高峰を目指す スポーツシューズについて/先端」(榧野氏)

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スポーツシューズとは
「歩く、走るなどの運動に際して、足を包み込みフィットさせるもの。」
ファッションアイテムとして、ギアとして、もう一つはステータスをもつアクセサリーとしての役割がある。人の足の骨格を理解し、機能を追求しながらも、色・素材・デザインなど「情緒」がつくことで、ユーザーのモチベーションを上げることが必要になる。その意味で、スポーツシューズのデザインが大切な部分である。

アシックスのデザイン活動
アッパーやソールは計120パーツ以上もあり、プラモデルの様なもの。それぞれに、パターン・素材・デザインが必要になる。デザインプロセスは、ユーザーとの会話、トレーニングをしている現場をみること、マーケットリサーチを行うことでアイデアを得ている。ユーザーのニーズを把握したうえで、アシックスのブランドをデザインで表現していくことが、デザインを越えたものづくりを行うデザイナーの役割と感じる。

 

4. 実物シューズ 説明・鑑賞 /伝統・先端

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アシックス社の先端シューズや展開されたパーツを参加者も実際に手に取って、触れながら、榧野氏・福井氏から解説いただきました。神戸ファッション美術館の18世紀から19世期の西洋の歴史的ファッションシューズ6点や、世界各地の履きものについても学芸員が解説し、鑑賞。FullSizeRender

 

 

5.トーク セッション/現在~未来(榧野氏、福井氏、眞田氏)
最後のまとめの時間。社内でのオリンピック秘話など、ここでしか聞けない話がでる中、会話の中から印象的な場面を抜粋します。

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眞:昨日、アシックススポーツ工学研究所にお邪魔して、計測機などハイテックなものが揃っているのですが、製造部門は職人が縫っていました。人の手で一つ一つ縫っているんです。それが1mmずれるともうダメなんですよね。ハイテックなものに、人間が関わるっていうのは、僕は悪くないな、と思うんです。先端に関わっていくときの人間の手仕事っていうのはどう思われますか?

榧:1mm違えば、もちろん履き心地が全く変わってきます。僕は両方必要だと思っています。科学的に機能を証明するっていうことも大事なんですが、人の手間がかかっているという温かさっていうものを製品をとおして伝えるべきじゃないかな、と思っています。半分半分必要です。

福井氏は最後に、このセミナーに参加し、眞田氏とも話をしていくなかで、空気のように当たり前に神戸で仕事をしていたけれど、今まで意識をしていなかった「神戸らしさ」ということについて考え始めたと言います。神戸で創業して60数年アシックス社はどんどん変わリ続けています。オープンマインドな社風、それも神戸だからこそなのかもしれない、と思い始めたようです。

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2時間をとおして、「神戸」と「靴」を、製造者・造形家・美術館の三者三様の立場からたどり、古代から日本、ないし世界の先端のシューズづくりにまつわるかつてない壮大なセミナーが繰り広げられました。
その土地が持つ力とそこに住む人が組み合わさって編み出す「衣服の文化」を感じるきかっけとなったのではないでしょうか。

「今日、皆さんはどんな靴をはいていますか?」
眞田氏から皆さんへ問いかけられ、第1回服飾文化セミナーが閉幕をむかえました。

次は、9月22日(火・祝)「世界最高峰を目指す 機能繊維」(ゲストユニチカトレーディング:㈱ 中山進氏)につづきます。

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●登壇者プロフィール●
福井良守(株式会社アシックス グローバル人事総務統括部 アシックススポーツミュージアム・アーカイブ部 部長)
1960年大阪生。1982年株式会社アシックス入社。10年間営業部門、7年間スポーツシューズ事業部門営業企画、10年間マーケティング統括部を経て、現在アシックススポーツミュージアム・アーカイブ部部長。

榧野俊一(株式会社アシックス グローバルフットウェアプロダクトマーチャンダイジング統括部デザイン部カラーデザイン&リサーチチームマネージャー)
1964年鳥取県生。大阪芸術大学でインダストリアルデザインを学び、1987年株式会社アシックスに入社。1987年〜企画デザイン開発(フットウェア)、2008年〜プロダクトマーケティング(製品戦略)、2012年〜デザインセンター(デザインリサーチ)、2013年〜アドミニストレーション、2015年デザイン(フットウェア・カラーデザイン)、2016年7月1日〜スポーツミュージアム・アーカイブ配属。

●共同企画・モデレーター●
眞田岳彦 (衣服造形家、女子美術大学教授)
「日本の衣服」を通し、地域つくり、人つくりに取り組む。1962年東京生。幼少より画家であった父に絵画を習い、ISSEY MIYAKE INC. にて衣服を学ぶ。92年に渡英、彫刻家リチャードディーコンのもと造形を学び95年独立。以降、国内外で美術館や企業との様々な活動により地域文化と人の新しい関わりを創出。
神戸ファッション美術館では、2014年「ウールの衣服展」ディレクション、2015年「衣服にできることーー阪神・淡路大震災から20年」へ出展。