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『女工哀歌』

いつもは服飾について学んできたなかで私が影響を受けた本をここでは紹介していますが、今回は映画をご紹介します。タイトルは『女工哀歌』。「哀歌」と書きますが「エレジー」と読みます。ミカ.X.ペレド監督のドキュメンタリー作品で、2005年にアメリカで公開され、その後日本でも公開されました。私は公開時には観られず、DVDになってから観ました。

映画の舞台は上海のジーンズ工場。地方の農家から住込みの出稼ぎに来た17歳の女の子ジャスミンを中心にお話は展開していきます。ジャスミンの両親は農業をしながら子供を育てていますが、生活は苦しい。弟たちには何とか学校に行ってほしいと発起してジャスミンは都会に働きに行くことにします。就職先はジーンズ工場。ここで見習いとして働きながら、実家の両親に仕送りをしたいと彼女は思っています。

ジャスミンの仕事は、縫い上がってきたジーンズの縫い目から出た糸をひたすら糸切り鋏で切ること。時給はわずか7円ほど。大口の受注が入れば、納期に間に合わせるように夜中までの残業もありますが、残業代などは思うようにつきません。楽しみにしていた初めての給料も遅配になり、なかなか支払ってくれません。そんな過酷な環境でも明るく健気に働くジャスミンたちの姿には、複雑な心持ちがしました。残業続きで睡眠不足。作業中に眠ってしまえば減給になるので、必死に眠気と戦うジャスミンらは、まぶたに洗濯バサミをつけて耐えます。その絵柄のユーモラスさと事態の深刻さのコントラストが、この映画の一つの魅力でもあります。

こうやって話の概要だけ読んでいると、さもこのジャスミンたちが働く工場の主はあくどい事をやっているように思えるかもしれません。しかし、映画を観ていくと、この工場長は彼なりの問題を抱えていることがわかります。彼のクライアントは執拗に工賃の値引きを迫ります。嫌なら他の向上を探すと言われて、しぶしぶ安い工賃で工場長は仕事を引き受けます。それでは、このクライアントこそが諸悪の根源なのでしょうか?そうではないと私は思います。なぜならこのクライアントは消費者のニーズに応えようとしているだけだと思われるのです。そのことに気付いた時に、私は愕然としました。彼岸の火事と決め込んで茶の間で映画を観ていた一消費者でもある私自身が、ここで記録されている事態の当事者だったのです。

18世紀後期に木綿加工の機械化が引き金となってはじまった産業革命とその延長線上で確立してきたファッション産業のシステム。そこでの課題は常に、安い人件費でした。当初はイギリス国内の貧しい女性や子供たちがその担い手となりました。時は下り、それはアジアへと移行し、かつては日本もその労働の担い手でした。先日、テレビ東京系の『ガイアの夜明け』という番組(2012年6月12日放送)で、昨今中国の工場が次々と閉鎖されているという事実を知りました。中国ではこの10年間で平均賃金が2倍以上になったそうで、安い仕事に就く人たちが減少しているそうです。その代替の候補地として最近民主化が進むミャンマーが次の担い手として注目を浴びていると。しかし、そのミャンマーが、やがて民主化の末に生活が向上し、人件費が上がってきたときに、次はどこへ向かうのでしょうか。

19世紀の消費型近代社会の成立とともに確立してきたファッション・システム。このシステムそのものを、もう一度考え直すべき時が近づいているのかもしれません。おそらく21世紀のモードはその先にあるのではないかと、そんな気がしています。

MOMO

  • 2012/07/08 |
  • 10:00 |
  • ファッション
  • fashionmuseum |
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