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スイッチとしての

私は小学生のころより視力がいいです。小中高の健康診断では、基本的に2.0。不惑半ばの今でも、健康診断では1.5です。ちなみに1.5というのは測定器の都合上、そこまでしかCがないがゆえの数字です。

中高生の時は、この視力が良すぎるというのを逆手にとり、席替えの際には、前の方だと黒板が近すぎて頭が痛くなるなどと嘘をついて後ろの人と変わってもらい、授業中に落書きや読書、雑談をしていました。

そんな視力の私ですが、眼鏡はいくつも持っています。一時は30本近く持っておりましたが、かなり処分してしまい現在では5本程度にとどまっています。仕事をし始めた頃は、レンズを入れないフレームだけを四六時中かけていたのですが、眼精疲労からか視力が若干落ちかけて、あわててかけるのを止めたら、あっという間に回復しました。

最近ではある時にだけ、かけます。それは人前で話すときです。

私は仕事柄、人前に立って講座やセミナー、講演などで話したり、司会をしたりすることが多いのですが、その際に自分の気持ちを切り替える手立てとして、「眼鏡をかける」という行為をします。そのことによって何が変わるのかというのは明確にはないのですが、「眼鏡をかける」ことによって、「よし気合を入れて話すぞ」という自分自身への意志表示としているのです。

そんな私は、特に人前で話すということが苦手なわけではないのです。むしろ、その逆で、得意と言えるかもしれません。高校の時には、人前に出て目立ちたいがばかりに、演劇部と応援団と生徒会執行部に所属していたほどですので。

そんな話し好きな私でも、やはり90分程度を飽かさず話し続けるには気合と集中力が不可欠で、その心理的なモードにスイッチを入れる装置が必要なのです。

このスイッチは自分の中でシステムとして出来上がってしまえばかなり便利で、体調が多少すぐれなくとも、気分が乗らないときでも、いつでもかけるだけで戦闘モードになれるわけです。まるでウルトラセブンのウルトラアイ(古すぎますが世代なので)のような。

身に着けるもので、一気に気分を変えたり、テンションを上げたりする。逆に、それを外すことで、張り詰めた気を緩めたり、身構えを解いたりする。

こうした広義の着衣によるモードのオンオフあるいは“変身”。

ほんの些細な眼鏡のあるなしで大いに気持ちの在り様を変えられる自分。

この辺りにこそ、まだまだ汲めど尽くせぬ着衣のパワーや不思議が潜んでいると思われます。

皆さんにとっての気持ちのスイッチは、一体なんでしょうか?

MOMO

  • 2011/08/19 |
  • 15:04 |
  • ファッション
  • fashionmuseum |
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