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Kobe Art Collection より

いよいよArt Collection Kobがオープニングを迎えました。

ACP神戸の、というより3階ではミュージアムショップmuseum in museumに出品頂いている写真家としておなじみのアマノ雅広氏の企画による今回の展覧会は、一階美術館ロビースペースと、4階ギャラリーの二つの会場を使っての展示となっています。

本日9日午後4時より、1FロビーでKURONOZによるパフォーマンスが、そして
9日・10日は4Fギャラリーで山元ゆり子氏によるインスタレーションを使ったパフォーマンスが御覧いただけます。

必見です。見たいです。わたしも。でも。勤務中。ちっ。
(4Fの山元氏のパフォーマンスは、作品として後日映像で御覧いただけるそうです。)
(KURONOZの他フィールドでのパフォーマンスも4Fモニターで上映中です)

                

KURONOZとは 

1999-2000冬に発生したパフォーマンスプロジェクト、及びその集団。
オリジナルクロノズ以外の固定メンバーを持たず、各地で各々増殖を続け、海外にも進出。
クロノズの条件は 青いワンピース・黒縁めがね・黒ブーツ・黒いパッツンヘア。
あらゆる所でパフォーマンス・ゲリラ出演を行い、あるいはモデルとなり写真・映像作品に痕跡を残す。イベントのサイトを通して公募している事もあり。要チェック。 

                

1Fロビーには、正面中央にTan JuiChen氏のオブジェが、そしてそれを取り囲むように他5名の作家による写真作品が展示されています。なかなかの迫力です。
1Fの展示についての詳細は1Fスタッフにおまかせするとして、今回は4Fギャラリーの作品から(個人的な抜粋で申し訳ありませんが)2作品ご紹介させて頂きます。

Art Collection Kobe公式サイト・ポスター等で紹介されている作品は、各作家の代表作というべきもので、今回の展示には新作が多々登場しています。
しかしながら、サイトでは各人の創作テーマなどが語られていて、そちらを見てから今回の作品に接することで作品との距離がつめられるし、過去の作品との変化を時間差で割り算してみることで作家との距離が強引ですがほとんど個人的にも近付く感じが楽しめます。

                

過去の作品紹介で個人的に目に留まったのが、菅本祐子氏の『diffusion in a space』 (2004)(トイレットペーパーによるインスタレーション)と、西上翔平氏の頭の凹みにブロンズ片の作品でした。

芸大卒特有の『出身校当てぢから』の賜物なのか、みょーに気になったお2人(2作品)がともに京都芸大卒で更に兵庫/神戸出身という自分との経歴の一致に「おおおおお」となった心の赴くまま、休み時間も待ち遠しく搬入日にもかかわらず昨日4Fに駆け上がった私です。

菅本氏の今回の作品は『Dropped moment-rolls』

彼女は自身の創作についてのコメントで
「目の前にあるモノそのものではなく、その後ろ手の背景として、ひっそりと、でも確かに存在する『軌跡・痕跡』に興味を引かれる」と書いています。またそれは「時間や空間の中に記録される」といいます。
この言葉はそのままで今回の作品にとって、とても分りやすい解説となっているように思います。
樹脂のロールにひと刷け青い水性インクをほどこし、ロールを立てることで生まれるしずくの『軌跡』がそのまま作品となっています。インクのパターンはそれ自体が作品として目の前に存在していると同時に、過去の「ひと刷け」の行為の『軌跡・痕跡』であり『記録』に他ならないのです。

また「繰り返しの中で生まれる同一の形・現象にも引かれる」のだそうです。視線を引けばひとつのパターンとして存在している繰り返しのイメージも、「近付くほどに無限の多様性を見せ始め」「コントロールしきれない僅かなズレは眺める事を飽きさせない」と言っています。
このコメントもまた、今回の作品をとても分りやすく伝えてくれているようです。
ロール上の青いインクは遠くから見れば「素敵なストライプ」です。が、近寄ってしゃがんでズームアップしてみると、一筋ひとすじ絶対に同じものは無い、リセットもリワインドも出来ない『軌跡』であり『痕跡』であり『記録』であり「コントロールできないズレ」という『差異』の集合体なのです。

その微妙な差異やズレやパターンをそのまま楽しむ事も出来るのでしょうが、視線の引きとズームによって異なる表情を見せる目の前のモノ。それによってフラフラする自分の感覚を楽しむ方を意図しているのかなと思いながらコメントを読み進めますと、それと共に引き目線で見たかたまりとしてのモノの「イメージの存在感」を感じながらその細部を「一つ一つを目で追いかけるその静けさの中の感覚を共有したい」とありました。

小さい頃、一見同じに見えるガラスのおはじきを、飽きもせずグループ分けし、究極のレイアウトを求めて一日中並べ替えることで快感を得ていた私にはとても納得のいくコメントで、周囲に「?」と思われていた小さい頃の私にやっと「○」をあげる事が出来た瞬間でした。ありがとう、菅本さん。ありがとう、Art Collection Kobe!

記録されない要素である、軌跡・痕跡に留まるズレが別の何かを感じさせるように、自分の脳にも記録されていそうに無いズレが私達の中で確実に芽生え、人生が動く。
そうして、一つとして同じではない人生が無数に誕生し、でも静かな落ち着きと秩序とあきらめの中でひっそりとかたまり、パターン化されて繰り返される。。。

白ツメ草の畑から四葉を見つけるのも嬉しいものでしょうけれど、ただ意味も無く1mmこけて貼られたタイルをみてほくそ笑む。その隣人の、その顔を見てまたほくそ笑む。その共感の瞬間にも、愛と人生が確かに存在する様に思います。

いいじゃないですか。ここまで来るともう、ズレからの妄想で心が弾けそうです。

                

もう一方の西上翔平氏。

『野良犬は迷わない』 は、脱ぎ捨てられ塀に引っかかっている「象のエルマー」のような着ぐるみとその持ち主の真っ白な犬、そしてこの犬が出歩いた先々で取りためられた数々の写真とちょっとした映像によって構成されています。
決まった寝床や仕事やステータスがあるが故に、いつもの起動からズレることを人は「迷う」というわけで、野良犬はその意味では迷わないのです。

いや、作家のコンセプトはそうではないかも知れません。あくまで私個人が感じ取ったものなので、皆さんは皆さんで是非ギャラリーに足を運んで感じていただければと思います。

最後になりましたが1Fロビー出展の川崎輝正氏の作品も3Fミュージアムショップにて取り扱っております。
こちらもどうぞ、よろしくお願い致します。

SABU

  • 2009/05/09 |
  • 15:38 |
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