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はじまりの衣服

2週間ほど前の5月の末、またテレビで面白いニュースを流していました。

それは、ブラジル国立インディアン・ファンデーションが、ブラジル西部のペルーとの国境に近いアマゾンの熱帯雨林地域で、いままで外部との接触を持たない部族を発見、空から撮影することに成功したというもの。公開された写真には、赤や黄色、黒に裸体を塗り、腰に帯状のものを巻いた人たちが、頭上の飛行機(とは彼らは認識してないかもしれませんが)に弓を引いている姿が写っていました。

彼らの姿を見て思い出したのが、ドイツの女流映像作家のレニ・リーフェンシュタールの写真集『NUBA』です。この写真集は、アフリカのヌバ族の生活を克明に写したもので、1973年にヨーロッパで発表され、大いに話題になり、その後日本でも出版されました。

ここに写されたカウ・ヌバの人々は、男女ともに裸身です。上半身も下半身も、日本に暮らす現代の私たちが覆い隠している部分は、顕わになったままです。
ただまったくの一糸まとわぬ裸身かというと、そうではありません。
女性は、ピーナツやゴマから採れるオイルに赤土や黄土を混ぜたものを全身に塗り、朝の身支度をします。そして、腰に一本のひもを巻きます。男性も顔に化粧をしたり、時には体にも模様を描き込み、やはり腰に一本のひもを巻きます。
これが彼らの“衣服”で、この身支度がなくては、村の行事に参加することもままならないそうです。そして、このひもがない状態を、彼らは「恥ずかしい」と感じるのだそうです。

布状のものを身にまとうという行為を着衣とするならば、着衣のはじまりは、私たちのはるか祖先が動物の毛皮を身にまとったその時、となるでしょう。ただ、着衣を“裸ではなくなる行為”と捉えたならば、たとえそれが布状ではなく、土で体を塗り覆うというものであったとしても、それは充分に着衣と考えられるでしょう。

とすれば、「人は何のために着衣をはじめたのか」という問いに、身体保護という実用性からではなく、また別の側面から考察していくことが必要になってきます。

ところで、皆さんは、何のために衣服を着ていますか?

MOMO

  • 2008/06/13 |
  • 10:25 |
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