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しろくないおしろい

現在開催中の特別展示「あぁ!美しきモダーンズ―東西新世代女性たちの装い―」では、当時の化粧品も見ることができます。

写真の中央あたりに6つ並んでいるのは、大正6(1917)年に資生堂から発売された、国産のものでは初の多色白粉です。(資生堂企業資料館所蔵)

白のほか、ばら・牡丹・肉黄・黄・緑・紫の全部で7色ありました。多様化するファッションや、もともとの顔色に合わせたお化粧ができるようになったんですね!

  

ところで谷崎潤一郎がこんなことを書いています。

「われわれの先祖は、明るい大地の上下四方を仕切ってまず陰翳の世界を作り、その闇の奥に女人を籠らせて、それをこの世で一番色の白い人間と思い込んでいたのであろう」(「陰翳礼讃」より)

   

昔の(中流階級以上の)女性はめったに外出などしませんでした。

ヨーロッパでの白熱電球の発明が1878年。その後日本の家もどんどん明るくなります。

文字通り真っ白な顔の女性は、それまでの暗い日本家屋では、きっとそこだけ浮かび上がるようにきれいに見えたのでしょうね!でもテカテカ明るいランプのもとでは、白い白粉を塗った顔は、かなり印象が違いそうです・・・

照明器具が格段に明るいものに変わったことも、女性がお化粧を変えて、部屋の奥から外へ飛び出した一因かもしれません。

   

flair flair flair

参考にさせていただきました→谷崎潤一郎『陰翳礼讃』中公文庫、1995

タイトルになっている「陰翳礼讃」や「恋愛及び色情」など・・谷崎さんの女性観が興味深いです。あ、もちろん女性以外のことに関しても、色々なものの見方を知ることができるのでおすすめです。

めP

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